着物持参で海外旅行へ!2016年11月 ④
10日に旅行から帰ってきました。
着物持参で出かけた今回の旅行も、着る機会は1回となりましたがすてきな時間を過ごすことができたこと、旅の良い思い出になりました。
今回の旅行で世界文化遺産の街、リヨンで時間を多めに取りましたが、現在も織物、染色を続けている工房があって、ぜひ見学をしたいと思ったからなのです。
リヨンは18~19世紀ヨーロッパ最大の絹織物、繊維工業地帯でした。フランスの絹織物の中心地として栄え高級な服飾関連の産業が育っていきました。日本と強いつながりもあるのです。1885年に蚕の病気がヨーロッパ全土に広がりリヨンの絹織物に大打撃を受けた時は絹を日本から輸入したのです。また、群馬の富岡製糸場はリヨンの技術者を招いて始まったこともよく知られています。
カニュ博物館(maison des CANUTS)
リヨンの絹織物をの始まりを紹介している博物館に行ってきました。一帯が絹織物の工場があったところで博物館もともとは工場でした。
2日間の滞在でも時間がなくなってしまい、行きたいと思っていた織物の工房(工場)へ行くことができず、とても残念に思いました。
リヨンの観光案内 (日本語があります) http://www.lyon-france.com/
着物持参で出かけた今回の旅行も、着る機会は1回となりましたがすてきな時間を過ごすことができたこと、旅の良い思い出になりました。
今回の旅行で世界文化遺産の街、リヨンで時間を多めに取りましたが、現在も織物、染色を続けている工房があって、ぜひ見学をしたいと思ったからなのです。
リヨンは18~19世紀ヨーロッパ最大の絹織物、繊維工業地帯でした。フランスの絹織物の中心地として栄え高級な服飾関連の産業が育っていきました。日本と強いつながりもあるのです。1885年に蚕の病気がヨーロッパ全土に広がりリヨンの絹織物に大打撃を受けた時は絹を日本から輸入したのです。また、群馬の富岡製糸場はリヨンの技術者を招いて始まったこともよく知られています。
カニュ博物館(maison des CANUTS)
リヨンの絹織物をの始まりを紹介している博物館に行ってきました。一帯が絹織物の工場があったところで博物館もともとは工場でした。
2日間の滞在でも時間がなくなってしまい、行きたいと思っていた織物の工房(工場)へ行くことができず、とても残念に思いました。
リヨンの観光案内 (日本語があります) http://www.lyon-france.com/
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